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大阪高等裁判所 昭和50年(う)346号 判決 1975年10月03日

主文

原判決を破棄する。

被告人を罰金二〇万円に処する。

右罰金を完納することができないときは、金二、〇〇〇円を一日に換算した期間被告人を労役場に留置する。

原審および当審における訴訟費用は全部被告人の負担とする。

理由

本件控訴の趣意は、神戸地方検察庁尼崎支部検察官検事樫原義夫作成の控訴趣意書記載のとおりであるからこれを引用する。

控訴趣意第一事実誤認の主張について

論旨は、要するに、原判決は、本件各公訴事実の外形的事実をほぼ認めたが、これに加えて、「被告人は本件いずれの場合においても自己の勝利を期して力走しており、前記各妨害行為も決して相手方選手の妨害のみを意図して行なつたものではなく、むしろその心底には、これらの妨害行為によつてレース展開上自己に有利な位置取りをし、あるいは相手方選手に不意の衝撃を与えその実力を十分発揮させないことによつて自己が上位に入着しようとするなど、いずれも勝利の意欲が強く働いていたこと、また、結果においてこそ相手方選手の転倒落車等の事態が発生したけれども、その妨害の態様は、いずれも自己の身体でもつて併走中の相手方選手の身体を強く押圧するという程度のものであつて、これに類似した反則行為は競輪選手の間にまま行なわれていること、そして被告人自身がいわゆるセリに強い選手であることを売物としていること、なお、本件各レースにおいては被告人がいずれもその反則行為を理由に失格の制裁を受けていることなどの事実」に基づき、「全体的に考察するならば、被告人の判示各所為は、いずれも、いわゆる敢闘精神を誤つて発揮した場合の域を出ていないものと認められる」と認定判示し、結論として、被告人の本件各行為の態様を競輪選手が競走において通常用いる技術的範囲に属する軽度の接触程度の押圧行為とみていることがうかがわれるのであるが、被告人の本件各所為は、いずれの場合も、自己の勝利を期するよりもむしろ妨害のための妨害の意図をもつて、高速疾走さなかの相手方選手に対し、時としては転倒落車による死傷者を生じるおそれをもかえりみず、故意に自らの身体を直接激突させているのであつて、これはもはや競輪選手として競走技術上発生する軽度の接触ではなく、またいわゆるセリに強くそれを売物にしている選手の巧技の域内の行為ではなく、それをはるかに逸脱した極めて高度かつ著しく悪質な妨害行為であつて、敢闘精神発揮の域を出ないと認める余地はなく、原判決にはこれらの点において判決に影響を及ぼすことが明らかな事実誤認がある、というのである。

しかしながら、原判決によれば、原判決は、公訴事実第一については、被告人が葛谷雅二選手に対し、数回にわたり自己の頭および左肩をもつて強く押圧し、押圧中自ら安定を失つて転倒落車した旨、公訴事実第二については被告人が小田真美選手に対し、自己の左肩および左肘をもつて強く押圧し、同人をして余儀なく内圏線を突破させた旨、公訴事実第三については、被告人が石田功選手に対し、自己の左肩および左肘をもつて強く押圧し同人をして転倒落車させた旨、各公訴事実の外形的事実をほぼそのとおり認定し、かついずれの場合においても、被告人に相手方選手の走行を妨害する意思があつた旨認定していることが明らかである。もつとも原判決は、これに加えて所論のとおりの事実を認定判示しているけれども、所論がさらに推し進めて主張するごとく、原判決が被告人の本件各行為をもつて、競輪選手が競走において通常用いる技術的範囲に属する軽度の接触程度の押圧行為、あるいはいわゆるセリに強くそれを売物にしている選手の巧技の域内の行為であると認定しているものとは解されず、原判決認定の事実はすべて本件各証拠によつてこれを肯認することができるから、原判決には所論のごとき事実誤認はない。論旨理由がない。

控訴趣意第二法令適用の誤の主張について

論旨は、要するに、原判決が被告人の本件各行為について、被害者である各競輪選手の自由意思を制圧するに足りるものであつたかどうかについて疑があり、また本件程度の行為ではいまだ競輪の公正を害したものとは断じ得ないと判断して自転車競技法二七条を適用しなかつたのは、同法条の解釈適用を誤つたものであつて、この誤が判決に影響を及ぼすことは明らかである、というのである。

そこで検討するに、自転車競技法二七条にいう威力とは、客観的にみて被害者の自由意思を制圧するに足る犯人側の勢力をいうのであつて、暴力をも包含するものと解すべきであるところ、被告人の本件各行為は、いずれも自己の身体をもつて疾走中の相手方選手の身体を強く押圧し、その程度は、押圧中自ら安定を失つて転倒落車し、後続三選手をこれに乗り上げるような状態で転倒落車のうえ負傷させ、あるいは相手方選手をして余儀なく内圏線を突破させ、あるいは相手方選手を転倒落車させて負傷させる程度のものであり、このような程度の行為は、激しい競争意欲を燃やして競走し、互に自己に有利な位置を取り合う競技中の競輪選手の間で行われたものであつても、客観的にみて相手方選手の自由意思、すなわち定められた走路を全力を尽して競走しようという意思を制圧するに足る勢力に当たることは多言を要しないといわなければならない。

次に自転車競技法二七条にいう競輪の公正を害すべき行為の意味について考えてみるに、同法条は、競輪選手が不正に賞金を得、または特定の車券購入者に不当に利益を得させるなどの目的をもつて、他と連絡し、いわゆる八百長レースをする場合のみでなく、その他の競技上の不正行為をなす場合にもその適用があるものと解すべきところ、競技上の不正行為については、同法一二条の一八に基づき日本自転車振興会が定めた競輪に関する業務の方法に関する規程八七条一項が、「不正の目的をもつて、他の選手の競走を妨害、その他の方法により不利にし、または有利に導いたとき」(同条項一三号)、選手の登録を消除する旨、同規程一二七条が、「競走中、著しく他の選手の競走を妨害したとき」(同条八号)、選手に対し一年以内出場あつせんをしない旨それぞれ規定し、また同法一四条により各競輪施行者および競輪競技会が定めている自転車競走競技規則が、「選手は競走中理由の如何にかかわらず、他の選手と押し合いまたは他の選手に交叉する等、如何なる方法によるも他の選手の競走を妨害してはならない」という趣旨の規定を設け、これに違反した者を失格とする旨規定し、さらに各競輪施行者が定めている自転車競走実施規則でも競技上の不正行為について戒告、出場停止処分等の制裁が規定されているなど各種の制裁規定が設けられているが、これらの規定は、もとより刑罰規定ではなく、主として当該個々のレースの公正を図ることを目的とした自治的措置を内容とする規定であるのに反し、自転車競技法二七条の規定は、いうまでもなく刑罰規定であつて、個々のレースの公正をこえ、一般的に競輪の公正を図ることを目的とし、したがつて一回のレースにおける不正行為をもつて処罰の対象とする場合であつても、その不正行為は、その種類程度が単に一回のレースの公正を害するにとどまらず、ひいて一般的に競輪が公正に行われることを疑わしめるに足る相当高度のものに限るものと解さなければならない。これを本件についてみると、被告人は、いずれも自己の勝利を期し相手方選手の走行を妨害する意思をもつて、前記のような程度の暴力に当たる威力をもつて相手方選手の走行を妨害したものであつて、このような妨害行為が、車券を購入している一般観客の面前で演ぜられることは、単に当該一回のレースの公正のみでなく、一般的に競輪が公正に行われることを疑わしめるに足るものであることは明らかであるといわなければならない。そうだとすれば、被告人の本件各行為がいずれも同法二七条に該当することはいうまでもなく、違法性を阻却すべき事由も見当らないので、原判決がこれを同法条に該当しないとして無罪の言渡をしたのは法令の解釈適用を誤つたものであつて、その誤が判決に影響を及ぼすことが明らかである。

よつて刑事訴訟法三九七条一項、三八〇条により原判決を破棄し、同法四〇〇条但書に従つて次のとおり自判する。

原判決が認定した起訴状記載の公訴事実に法律を適用すると、被告人の各所為は、いずれも自転車競技法二七条に該当するので、所定刑中いずれも罰金刑を選択するが、以上は刑法四五条前段の併合罪であるから、同法四八条二項により各罪所定の罰金の合算額の範囲内で被告人を罰金二〇万円に処し、右罰金を完納することができないときは、同法一八条により、金二、〇〇〇円を一日に換算した期間被告人を労役場に留置し、原審および当審における訴訟費用は、刑事訴訟法一八一条一項本文に従い全部被告人にこれを負担させる。

よつて、主文のとおり判決する。

(原田修 石松竹雄 長谷川俊作)

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